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最高裁判所第二小法廷 平成4年(行ツ)124号 判決

名古屋市名東区上社二丁目九六番地

上告人

諏訪熔工株式会社

右代表者代表取締役

諏訪弘

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 麻生渡

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行ケ)第一五八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成四年三月一六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大西勝也 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎)

(平成四年(行ツ)第一二四号 上告人 諏訪熔工株式会社)

上告人の上告理由

一、  判決は、発明者の名前が研究者名として文書に明記されないまま発明者以外の者が発表した場合には、特許を受ける権利を有するものが発表したとはいえない、というが、種々の事情で文書に名前が明記されない場合もあり、このような場合でも、発明者が、発表者であることを証明できれば発明を発表したとすべきである。また、研究文書に名前が記載されていたからといって現実に共同研究者でない場合があるのである。したがって、判決は特許法第三〇条の解釈を誤っている。

東京高裁昭和三六年(行ナ)第一八三号、昭和四三年六月二九日判決)によれば、新規性喪失の例外規定の適用において、「自己の名において発明を公表した場合に限定しなければならない理由は無い」としているのに対し、本件においては、何ら明確な理由を示す事なく、発表文書への記名が発表としての要件であると論じている。

新聞、雑誌等に公表した場合には記名を要求されないに、研究発表会の文書にのみ記名を要求するのは不公平である。

本件では、日本建築学会の会員でない者は、発表者として名前を記載することが許されていなかったという事情で名前が明記されていなかっただけである。本件発明の発明者及び建築学会東海支部での発表会の発表文書に発表者として記載されている福地以下三名は、共同で発表する意思があっ

たのであるが、前記の事情で発明者の名前の記載が建築学会によつて許されなかったのである。

発明者の諏訪弘は、自己が発明者であり、かつ、前記の建築学会での発表も自己が発表者であると認識していたからこそ、本件の特許出願時に特許法三〇条の適用を受けるべく、特許庁長官の指定する学術団体が開催する研究集会において発表したとして出願したのである。出願後に、指摘を受けて自分が発表者であると主張し始めたものではない。

本件においては、文書に発表者として記載されている福地以下三名は、本件出願に係る補強筋を使用した貫通孔補強方法の発明者が諏訪弘であり、

発表自体も諏訪弘と共同でしたと認めているのであるから、判決が述べるように、発明の発表を形式でしか判断しないとするならば、これは、特許出願人に、特許出願をする際に、発表文書において発表者として名前が記載されている者と口裏を合わせて、発表者を願書において形式的に発明者とするとか、共同出願人とするとかして形式的に特許法三〇条の適用を受けられるように辻妻を合わせることを奨励していることになり、正直に事実を述べないことが特許出願の手続が円滑にすすむということになってしまい、社会正義的に問題である。

二、  判決は、二三頁七行~一七行で、諏訪弘は共同研究者の一人とは認められない、というが、これは、研究の内容を良く理解していないための誤った判断である。

甲第五号証の報告文書にもあるように、本実験の溶接及び試験体を提供したのは諏訪熔工であることに疑問の余地はない。そして、諏訪熔工が名古屋工業大学福地研究室に補強鉄筋の強度試験を依頼したことを考え併せれば、本報告文書において補強鉄筋を発明して福地研究室に提供したのは、諏訪弘、又は諏訪熔工であり、その強度を試験したのが福地以下三名であることは歴然としている。福地以下三名が担当したのは、強度試験の部分だけあり、貫通孔の補強部の鉄筋を発明し、製作し、さらにこれをコンクリート供試体として製作して、強度試験を実施できる試験装置を有する福地研究室に試験体を持ち込んだのは諏訪熔工、諏訪弘である。したがって、

このように研究に深く関わったことが甲各号証から明白の者を、共同研究者でないと判断したのは間違いである。

そして、研究発表と本件出願を対照すると、本件発明の内容は、溶接した鉄筋を、梁などの貫通孔に補強鉄筋として使用する方法であり、強度試験によって得られた知見に基づくものではない。福地以下三名が実施した研究は、諏訪弘が発明した貫通孔補強筋が具体的にどの程度の補強効果があるのかを試験したにすぎないものである。

強度試験依頼の事情を述べると、発明者の諏訪弘、及び諏訪熔工は、特許を取得するためには第三者によって、効果を確認する必要があるのかと思っていたからこそ、大学の研究室に強度試験を依頼したのある。

三、 判決は、特許法第三〇条第一項の規定は同法第二九条第一項各号の例外を定めた規定であるから、適用に当たっては、公衆の利益と密接に関連するところから厳格に解釈すべきであり、発明者を必要以上に保護したり、社会一般に不測の損害を与える結果を生じさせることがあってはならないと、いうが、本件は、既に述べたように、発明者自身が発明を発表したものと確信して、本件特許出願時に法律にしたがって、特許法三〇条の適用を申請したのであり、発明者を必要以上に保護することを要求したものではない。また、常識的な関係者は、前記の報告文書を見れば、本件の貫通孔補強筋を発明したのは諏訪熔工であることを理解できるのであり、特許法第三〇条第一項に規定されている以外の特別の取扱いを本件出願人が求めているわけでもないから、社会一般に不測の損害を与える結果を生じさせるものでもない。

四、 以上により、この判決は破棄されるべきである。

以上

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